小室圭の家柄が気になる 旧華族と父親の職業と信じられない事実とは?

小室圭の家柄が気になる 旧華族と父親の職業と信じられない事実とは?

秋篠宮家の長女・眞子様と小室圭さんの婚約内定会見が
行われたのが、2017年9月3日のことです。

その後、お二人をめぐる様々なニュースがテレビ、
週刊誌、インターネットを賑わしています。
今では有名人でなくても、過去の言動や画像などは
すぐに調べられ、誰でも簡単に覗き見ることができる
時代になりました。

若気の至り、魔が差した、熟慮せずに興味本位で
やってしまったことが、後の生活に影響を与えることは
誰にでも起こり得ます。

今回は小室圭さんの家柄、旧華族、父親の職業、実家」を
キーワードに少し覗いてみたいと思います。

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小室圭のプロフィール

まずは小室圭さんのプロフィールをご紹介します。
1991年10月5日、横浜市に生まれます。
現在は27歳ですね。

地元の「高野山真言宗歓成院 大倉山アソカ幼稚園」に入園し、
「国立音楽大学付属小学校」に通学されます。
2007年9月に「カナディア・インターナショナルスクール(東京都品川区)」に
入学され、2010年6月卒業。
普通の公立や私立高校に通わずに、インターナショナルスクールに
行くなんていうのは、本人の希望か親の意志か、なかなか珍しい選択ですよね。

2010年9月に「国際基督教大学 教育学部 アーツサイエンス学科」入学し、
2014年6月卒業されます。

在学中に留学生が集まる意見交換会があり、そこで眞子様と出会いました。
大学を卒業後は東京三菱UFJ銀行に就職しますが、2年弱で退職してしまいます。

その後、弁護士事務所「奥野総合法律事務所・外国法共同事業」に所属し、
パラリーガルとして勤務するかたわら、2017年9月から
「一橋大学大学院国際企業戦略研究科」入学(在籍中)。

さらに2018年8月には「米国・フォーダム大学大学院」に留学しています。

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小室圭の家柄って・・・

小室圭さんの家柄です。

実はこんな話があるんです

小室圭さんの祖父は、旧華族で三菱系の財閥の御曹司という噂あり、
地元である神奈川県藤沢市では多数の土地を所有する大地主で
あったようです。

また、小室藩(名前がズバリ!)という戦国時代から
江戸時代にかけて繁栄した名家の末裔ではないかという噂や、
旧皇族の血を受け継いでいるのではないか、という話もありますが
本当のところはどうなのでしょうか。

いずれにしても、父方の家系は地主でもあったことから
家柄は裕福であったのは間違いないでしょう。

小室圭は旧華族だった

旧華族ではないか、という噂も上がっています

そもそも旧華族って、どんな身分の方々でしょうか。
少し説明しますね

旧華族とは明治時代以降に現れた貴族階級のことです。
階級とくくられるくらいですので、旧華族の中においても
ピラミッドのような序列が存在しています。

歴史を紐解いてみますと、平安時代にまでさかのぼります。
平安時代に時の権力を握っていたのは藤原氏です。
そのうちの藤原北家の流れをくむ五摂家(近衛家・九条家・鷹司家・一条家・二条家)を
ルーツに持つ旧華族の方々は、ピラミッドの頂点にあたります。

近衛家や九条家などは、大河ドラマが好きな方ならお馴染みですね。
そして、もう一つのピラミッドがあるとするならば、
その頂点にいるのは徳川宗家です。

しかし、明治時代に入るとついこの間までは大名だった人が、そ
の特権が失われてくるようになります。廃藩置県ですね。
さらに明治維新で功労した薩長土肥の武士たちです。
苦労を重ねて徳川の世を終わらせたのに、思い描いた時代にはならない。
その不平不満が西南戦争に結びつきます。
ざっくり言いますと、5つの爵位(公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵)や
勲功華族という名で華族と称される人が大量に登場するようになってしまいました。

したがって、小室圭さんの実家が旧華族であったとしても、
その爵位等までは分かりません。しかし、土地という実になる部分が
残っていたことが現在でも大きな財産になっているのは確かでしょう。

小室圭 父親の職業

それでは、小室圭さんの父親である小室敏勝さん
プロフィールをご紹介します。
出身大学は明治大学で理工学部建築学科を卒業しています。

その後、1988年横浜市役所に入所し、技術(建築)吏員として
勤務され、横浜市のみなとみらい21の設計等にも携わっていたようです。
しかしながら、2002年3月5日に亡くなられます。まだ、38歳という若さでした。
詳しい理由は分かりませんが、自殺でした。

小室圭さんが小学校4年生で10歳のときのことです。
仕事上のストレスか、家庭内での何らかのトラブルか、今になっては
知る由もありませんが、精神的に辛い状態であったのでしょうか。

『週刊文春』の2018.5.3・10号では元同僚のコメントが掲載されています。
「市営住宅の建て替えを担当する部署ですが、厳しい
職場として有名でした。
市営住宅には、低所得者や高齢者も多く住んでいる。
その人たちに立ち退きを促したり、その後の身の振り方の
世話をしなければなりません。

つらい人の生活を受け止めないといけない仕事。
その最前線で交渉する職員のストレスは大きかった。
小室さんは重責に耐えかねたのか、やがて病気になり、仕事も
休みがちになってしまいました。
そしてまもなく亡くなっています。

当時、職場では敏勝さんの死は病気によるものと、自殺の事実は伏せられていました」
(都市デザイン室時代の同僚)

まとめ

小室圭さんの父方の実家は、以上のように大地主で裕福な
家系であることが分かりました。
しかし、父親の死後、あとを追うように祖父が1週間後に
自ら死を選び、その1年後には祖母も他界されてしまうという
家系になっていました。
不幸な死に対して、周りの目は生き残った者たちへ
厳しいものになりがちです。

今のところ、小室圭さんに対して世間からは風当たりは強いものがあります。
その向かい風にどう立ち向かっていくのか、これからの小室圭さんの言動には
ますます注目が集まりそうです。

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